迷走ブログ

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『旅を生きる人びと――バックパッカーの人類学』の感想。

僕の友達がバックパッカーとして、インドから帰ってきました。その影響かもしれません。僕もどこかに旅立ちたいと思う今日この頃です。

 

そんな時、某大型書店のおすすめ棚に置かれていたので、手に取った本が『旅を生きる人びと――バックパッカーの人類学』です。

 

・評価

筆者自身もバックパッカーとして経験を積んでおり、多数の人々からの聞き取り調査、フィールドワークのデータに説得力があります。

 

また、バックパッカーの志向性を4つのタイプに分類しており、彼ら彼女らがなぜバックパッカーとして旅をするのかという疑問に答えています。そのため、理論が明快です。

 

・感想

この本の通して、僕は「旅とは、アイデンティティを再構築する経験を実践すること」であるなと思いました。

 

はい、何言っているの?と思われるかもしれません。

 

人それぞれに旅の目的があると思います。例えば、「自分探し」です。その「自分探し」の結果は、旅によって自分が成長し変化するという自己変革のプロセスの結果だと思います。

 

 うん、よくわからない?ですよね……

 

例えば、日本での挫折(受験、就職などで失敗)⇒「自分らしさ」や「やりたいこと」への憧憬と執着⇒⇒多文化との接触アイデンティティの再構築

 

旅がそのような変革を引き起こす起爆剤として作用しているわけです。

 

しかし、筆者曰く、バックパッキングはマクロレベルでみると既成の価値観の再生産に繋がっているそうです。

 

つまり、バックパッカーは一度日本社会からドロップアウトした後、もう一度、自発的に日本社会へと復帰することが多いそうです。

 

その時に、バックパッカーは、復帰の手段として、旅で経験した資源を活用するそうです。例えば、就職活動時に、自己成長や変革を遂げたストーリーを物語るわけです。そのようにして、「個性豊かなタフ」さを持った自己をアピールするそうです。そして、旅の経験が就職活動に活かせたサクセスストーリーを目の当たりしたバックパッカー予備軍が憧憬を抱き、旅にでるというサイクルが作られるそうです。

 

バックパッカーは、グローバリゼーションという世界システムの変化を利用して前進主義的価値観と共犯関係を結びながら、日本の社会構造の再生産に加担しているということもできる。すなわち、現代日本社会において、バックパッキングは人々に日本的価値観を再確認させ、それに追従させる一つの装置として機能しているのである(大野、2012:p53)。

 

これは、非常に興味深いなと思いました。

日本社会の価値観からの支配を逃れるために旅に出たにもかかわらず、再び日本社会へと追従するわけです。

 

 

 

旅を生きる人びと―バックパッカーの人類学

旅を生きる人びと―バックパッカーの人類学